Resonance Lab. レポート

明日のターゲット

舞台装置としての看板建築 

見えないものを描くことで伝わる空間の魅力

大島 萌

 老朽化した建築物を保存するか、解体するかといった議論において、話題にあがるものの多くは著名な建築家によって建てられたものや、広く名の通った建築物である。街並みの多くを占める無名の個人商店や住宅は老朽化とともに人知れず姿を消していく。看板建築もまた“大衆の建築” として大正、昭和の景色の中に多く存在したが、再開発や相続放棄によって失われつつあり、現存するものや資料は数少ない。かつて人々の生活の中にあった普通の商店がこぞってファサードを西洋風に仕上げたことから、当時の人々にとってそれが新鮮でハイカラなものであったことがうかがえる。本レポートでは看板建築を立面図として描き起こすことで、市井の人々によって生み出された独創的で自由な建築の魅力をあぶり出し、自身の視点で記録を続ける看板建築画家の宮下潤也氏に話を伺った。

■ interviewee

宮下潤也,舞台装置としての看板建築

宮下 潤也(みやした じゅんや)

一級建築士/ 看板建築画家

 

1989 年長野県生まれ。筑波大学芸術専門学群デザイン専攻卒業後、ゼネコンにて建築設計の仕事に従事する傍ら2017 年より看板建築を題材としたイラストレーションの制作を始める。

看板建築図鑑

『看板建築図鑑』
宮下 潤也著(大福書林)
昭和初期頃に建てられた日本全国約60 点の看板建築を美しい立面図として描き起こし、詳細な解説を加えたイラスト図鑑。

『東京のかわいい看板建築さんぽ』
宮下 潤也著(エクスナレッジ)

東京に存在する現役の商店に絞り、撮り下ろしの写真に詳細な解説を加えて紹介するビジュアルブック。

 

 

2020/02/28発刊

■建築看板とは

看板建築とは

❶大正時代から昭和初期にかけて作られた木造の商店、民家、あるいは双方を併せもつ店舗併用住宅。

 

❷街路に面するファサードを銅板、モルタル、タイル等の不燃材で被覆したもの。ただし建物の四周ぐるりと被覆したものは含まない。


❸ファサードのデザインは擬洋風商店建築の流れを汲む西洋建築風のもの、あるいは江戸小紋などの伝統的な文様を取り入れたもの。

 

 

『看板建築図鑑』(大福書林) より

■細やかな立面図により浮かび上がるファサードの魅力

 写真やスケッチではなく立面図という手法をとることで、一つ一つ違う表情を持つ看板建築のファサードを緻密に記録している。スケッチでは描き手の手癖が現れてしまうこと、写真では電線や外壁の汚れ、植木鉢などが写り込み、意図しない感傷を引き起こしてしまうことを考え、純粋に建築意匠を鑑賞・評価の対象とするための方法として立面図にたどり着いたという。

細やかな立面図,浮かび上がる,ファサードの魅力

『看板建築図鑑』(大福書林) より

 一見、西洋建築のファサードのようでありながらどこか昭和の日本っぽさが漂う。オーニングテントに並ぶ文字と引き戸のある1 階のファサードのせいだろうか。細かく見ていくとフルーティングの柱型の上に果物カゴのようなものがのっていたりと独特なデザインである。戦前の職人によって思い思いに表現された西洋「風」のデザインがなんともおもしろい。

■インタビュー

(実施日:2020.1.18)

― 興味を持ったきっかけ、絵を描き始めたきっかけは?

 

 ゼネコンの設計者として、新しい建築に関わる中で、その裏で失われていく近代建築に興味を持つようになりました。現代の建築は、ガラスのカーテンウォールが代表的ですが、ファサードには意識があまり向いていないように思います。それに対して看板建築はファサードが表現の見せ所であって、そこが現代の感覚とは違った面白さがあると感じています。
 観光で埼玉県の川越を訪れた時に、蔵造りの街並みの中にたたずむ看板建築を見て、初めてその面白さに気づきました。ところが、いざ調べてみると資料がほとんどなく、さらにさまざまな理由によって取り壊されているという現状も知りました。
 そうした中で、記録するということを誰かがやらなきゃいけないと思い立ち、看板建築を描き始めました。好きだから描いているというよりも、自分が記録しなければ存在が知られないまま失われてしまうことが、社会的な損失に思えてしまい、使命感のようなものを感じていました。

 

― 描き続けるモチベーションは?

 

 はじめは手探りだったのですが、2018 年の初頭に「3 年以内に本を出す」という目標を立てました。世の中にアウトプットして、どのような感触が得られるかを知りたいというのがきっかけです。そのための準備として、SNS アカウントを作ってイラストを発信するようになりました。ブログには絵だけでなく、どのようなことを考えて描いているのかを発信していました。モチベーションを保つのは反響がないと大変ですが、発信から3 ヶ月ほどでSNS を見た大福書林さんからブログに対してコメントが来ていて、かなり早い段階で出版の話が来たのでモチベーションが保てました。その段階ではまだ10 枚弱しか作品がなかったのですが、描き続ける理由ができたのは心強いことでした。

― 出版に際し、力をいれた点は?

 

 今までの看板建築を扱ったものから、更に一歩踏み込んだ内容にも触れています。中でも「看板建築・リヴァイヴァル」は独自の視点から定義、分析をおこないました。

 

―「 看板建築・リヴァイヴァル」とは?

 

看板建築リヴァイヴァル

 平成以降に建てられた看板建築風の商店ないし住宅を定義しています。調査を進める中で、古い建物じゃないと判明したものがあって、これまでの看板建築と区別するために「看板建築・リヴァイヴァル」と名付けました。建てられた背景を「同調」と「付加」の2つの性格に大きくわけて考えています。川越や横浜中華街などの既存の街のコンテクストがあるエリア、すなわち強い街のイメージがあるところでは、その中に溶け込ませる手法として看板建築を採用していて、これを「同調」と呼んでいます。一方で「付加」はやや活気のない商店街などに新たに賑わいを作り出すために“レトロ” という文脈を動員しているものです。既存の街が持っている文脈や、“レトロ” という文脈に沿わせて看板建築を使ったという状況を興味深くみています。

― これからの看板建築はどうなっていく?

池田種苗店,蕪のレリーフが施された自由なデザイン

 看板建築はほとんどが個人商店で、今後どれくらい個人商店が延命できるかという話もあって、消費活動の中心が個人商店からショッピングセンターやスーパーマーケットに移行した現代では、なかなかそうした中で続けていくのは難しいところだとは思います。
 一方で、インスタなどのSNS によって、見せるための方法が多様化している時代でもあるので、街路空間が再び人々を惹きつける媒体として機能する可能性もあると思います。その発露として実際の街並みの中にレトロという文脈を持ってきたりする動きがあるのではないかと思います。ガラスのカーテンウォールばかりになった街の中では、古いはずの看板建築がむしろ新鮮で興味を
そそられるものに見える
のではないでしょうか。
 そうした期待も込めつつ、リヴァイヴァルは一瞬のきらめきで終わるのか、別の展開があるのかを見守っていきたいなと思います。

■一つの解としてのリヴァイヴァル

 消費社会の進展とともに、「コト消費」がより盛んになり、都市のテーマパーク化は進んでいくといわれている。西洋建築のファサードを模した「看板建築」は当時、本格的な建築学を修めた建築家には嫌われたが市井の人々にはハイカラだと受け入れられ浸透していったという。「看板建築・リヴァイヴァル」に対しても、テーマパーク的なハリボテ感に苦い顔をする建築家たちがいる一方で、懐かしさやレトロ可愛さを求めて足を運ぶ人々がいる。表層を飾り立てることの多い商業施設もまた同じことが言えるだろう。今も当時も、この看板建築にワクワク、ウキウキする人々がいて、その存在は人々に新鮮さを与えるための一つの解なのだ。コト消費の時代に復古してこそ看板建築の舞台装置としての機能がより発揮されるのかもしれない。

■魅力を記録し残していく

 失われつつある古いものに価値を見出し、残したいと思うことは誰しもあるだろう。しかし、その価値が広く世の中で認められているものでさえ、現物を保存することには限度がある。宮下氏の描く立面図は消えゆく看板建築の何を残したいと感じたのかがよく伝わってくる。西洋建築を模倣しつつも縛られない自由なデザインに時代を越えたおもしろさを見出し、古さとは切り離された純粋な意匠の魅力を引き出している。
 日常の中で見過ごされているものであっても、その魅力を引き立てる手法で表現されることにより、魅力が可視化され、世の中に認識されるようになる。自分自身の視点から記録し発信することは消えゆくものをのこすための非常に価値ある行為だと言える。

かとマpicks 001

時代は人が作る

 人が素直に感じる、“憧れや驚きの大きさ” がその時代の流行につながる事は今も昔も同じ。看板建築を見上げて当時の人が交わした楽し気な会話が聞こえてくるようだ。SNS のない中で拡散に使われたツールは人づて、口コミ。コミュ力は当時の人の方が高かった?!!

【明日のターゲット】

お問い合わせ

この記事に対するお問い合わせは、以下のリンクより「お問い合わせ」にお進みいただき、「プレスリリース・広報・取材、イベント、その他全般窓口」のフォームから、各項目に合わせて必要情報・質問事項を入力して送信ください。