2025.02.07

千葉の開発がかっこいい 里山体験とまちづくりから地域循環を考えるSDPツアー / 後編 都市の視点

ライター:高柳 圭


2024年8月5、6日の2日間にわたり開催された「SDPツアー」。この取り組みは、空間づくりにおける事業領域や、デザイン手法、課題解決の視点など、さまざまな方向から社会関係資本を広げる「Social Design Port」の活動の一環として実施されています。
今回は、「千葉の開発がかっこいい 〜里山体験とまちづくりから地域循環を考えるツアー」をテーマに、里山を維持しその価値を発信しようとする試みや、地元に根ざした企業の街づくりの現場を巡りました。
後編は、都市の視点をレポートします。

2024年8月5、6日の2日間にわたり開催された「SDPツアー」。この取り組みは、空間づくりにおける事業領域や、デザイン手法、課題解決の視点など、さまざまな方向から社会関係資本を広げる「Social Design Port」の活動の一環として実施されています。今回は、「千葉の開発がかっこいい 〜里山体験とまちづくりから地域循環を考えるツアー」をテーマに、里山を維持しその価値を発信しようとする試みや、地元に根ざした企業の街づくりの現場を巡りました。後編では、地元に根ざした企業の街づくり、地域との関係性を構築する取り組みの視察をレポートします。

地域密着型の企業の在り方、オフィスづくりを展開する「ZOZO」

日本最大級のファッション通販サイト「ZOZOTOWN」を始め、ファッションに関連する多様なサービスを中心に事業を展開するIT企業ZOZO。グローバルな展開も行う大企業が、2021年に西千葉という街に本社を移転した理由について、同社のフレンドシップマネージメント部、谷嶋 布美子さんは次のように話します。

「創業時から千葉に拠点を構え、習志野やつくばにも物流拠点があるため、当社を支えてくれた千葉に恩返しをしていく思いを持って千葉県内での移転を模索しました。また、当社はファッション関連の企業としてのイメージが浸透していると思いますが、一方で、そのサービスを支える物流やデジタル分野にも強みを持っています。さまざま技術を持った人材を受け入れるなかで、ワークスタイルキーワードに“楽しく働く”を掲げていて、彼らがその力を発揮できる場所をつくるうえでも、あらゆる面で環境の整った土地である必要がありました」

西千葉に位置する「ZOZO」のオフィス

同社のオフィスがある千葉市稲毛区は、住宅街が広がる幅広い世代が住むエリアで、文教地区として教育施設が点在し、また街路樹や公園といった緑も豊かな場所です。社員の働き方をより良いものにし、地域との関係性を築いていく点でも最適な場所だったといいます。そのオフィスは、大企業然とした大きな建物ではなく、地下1階、地上2階の低層のつくりで、内部は大きな吹き抜けがあるため高さはあるものの、街並みに溶け込むような外観や屋根の意匠となっているのも特徴。また、執務エリアが前面道路に対してガラス張りになっていて、見た目から「地域へ開いた企業」であることを感じさせます。このメインのオフィスの他に、道路を挟んだ区画にスタジオと呼ばれるカフェ併設の棟、そしてその隣には「ZOZOの広場」という公園が広がっています。ここは、フリースペースとして子供たちが遊ぶだけでなく、マルシェの開催やスケボー教室、夏は盆踊り会場となるなど、さまざまイベントが行われる場所になっています。これらハード面での取り組みの他、地域とのつながりを生む企画として、社員が地域の飲食店で食事をすると、店でスタンプを押してもらえる「西千葉スタンプカード」をつくり、割引原資はZOZOが持つことで、社員と地域それぞれに還元をしていく仕組みも設けています。

地域の飲食店で使えるクーポンをくじ引きできる企画

「当社のスローガンである“世界中をカッコよく、世界中に笑顔を。”は、自分たちのいる地域から始まると考えています。一番近い存在である地域の人々とのフレンドシップのなかで、私たちにも新しい発見や成長があります。このオフィスができる以前から自治会の取り組みなどに参加し、この地域で働く人としてのコミュニケーションも図ってきました。また、現在、教育機関への出前授業も行っていて千葉を中心に既に120校で実施し、2030年までに100万人とつながることを目標にしています」と話す谷嶋さん。人と人のつながりの積み重ねが、大きなビジネスにもつながっていくことを示唆するような、ZOZOの在り方を感じさせてくれます。

エネルギーあふれる店舗、オフィスの集まりが地域の魅力を生み出していく「拓匠開発」と「シロアナ」の取り組み

ツアーの最後に訪れたのは、千葉市の中心部に位置し、広大な敷地と緑豊かな気持ち良い環境が広がる千葉公園と、その周りに広がる「拓匠開発」と「シロアナ」が開発を手掛けた商業施設やオフィスです。「拓匠開発」は、千葉を中心に「本能に、感動を。」を経営理念に掲げ、平屋を中心とした戸建分譲や街づくりの開発を行っている地元の不動産デベロッパー。また「シロアナ」は、ランドスケープから店舗設計に至るまで、幅広くデザインを手掛ける設計事務所。この両社がタッグを組み、ユニークな施設が生み出されています。

築35年のビジネスホテルを改装し、飲食店やオフィスを設けた複合施設「the RECORDS」

拓匠開発とシロアナの協働において、特に注目されているのが、千葉公園に隣接する築35年のビジネスホテルをリノベーションした複合施設「the RECORDS」です。1、2、5階が店舗、3、4階がビルオーナーである拓匠開発のオフィスになっていて「公園との一体感と地域の活性化」を図る場所として計画されました。既存の駆体を活かしながらリノベーションされた空間は、この土地での時間を感じさせる名残と、それを新しい時代の場へと転換していく意思を感じさせます。公園の周辺に、コミュニティを育むような店舗、開かれた場所を設けることで、公園の存在が街と溶け合っていくようです。この他にも、既存の樹木を活用したツリーハウスのあるカフェ&コミュニティスペース「椿森コムナ」や、「be naked」という古民家を改修したジム、さらに現在はホテルの開発も進んでいます。

カフェやタイニーハウス(屋台)などを設けたコミュニティスペース「椿森コムナ」にあるツリーハウス

シロアナの寺島 敏貴さんは、「これらの施設の開発は、明確なゴールがあるわけではなく、千葉の街を魅力的なものにしていくために何が必要かを、その計画地ごとに向き合って計画しているものです。一つひとつは“点”ですが、それらを建築家や土地の開発を手掛ける会社が大きな視点で見ながらつくっていくことで“線”としてつながり、やがて地域全体を活性化させていくことにつながると考えています」と話します。

「the RECORDS」のホール空間でレクチャーを受ける場面

都市やマンション開発の手法の一つである、まとめて大きな土地を購入し、新しい施設を建てて土地の価値をつくっていくのではなく、スポットで魅力的な施設を点在させていくことで、地域全体の魅力や価値を高めていくという考え方は、すでにある程度発展した地方都市においてヒントとなるものです。

拓匠開発の第二オフィスが入る建物「THE CABINETS」。建築のさまざま場所に同社のメッセージが刻まれている

また、建築家と施主の関係性において、興味深かったのは、シロアナは施主の要望や思いを徹底的に汲み取ろうとしていること、そして拓匠開発側が建築家に大きな信頼をよせて依頼をしている点です。ただ建築や店舗空間をつくるというだけでなく、その施設を運営していくためのビジネス的な側面や、そこで働く人のこと、地域への影響など、出来上がった後のことをシビアに検討しながら密にやり取りをして計画を進めることで、造形的、物理的な要素を超えた他にはないオリジナリティのある空間が立ち上がっているように感じられます。

公園に面した空き家を改修したジム「be naked」では、自身も筋トレに励む拓匠開発のスタッフが運営に携わっている

働く社員が持つ個性を引き出し、組織の力に変えていく会社経営

千葉公園周辺のさまざまな試みを見学したツアーの最後には、案内をしてくれたシロアナの寺島 敏貴さん、拓匠開発の代表・工藤 英之さんによるトークショーが開催され、船場の代表取締役社長の八嶋 大輔と、ツアーを企画した成富 法仁が聞き手として話を聞きました。
この中で特に盛り上がったテーマが、拓匠開発の会社運営や人材育成について。オフィスを見学する際に、働く社員の皆さんの雰囲気がとても良かったことや、オフィスのあちこちに熱いメッセージが記されている様子に加え、同社が運営するジムで、筋骨隆々の設計担当者が働いている姿などが印象的でした。

ツアーをしめくくるトークショー風景。左から拓匠開発の代表・工藤英之さん、船場の代表取締役社長・八嶋大輔、シロアナの寺島敏貴さん、ツアーを企画した船場・成富法仁

クリエイティブな人材育成の場を醸成するSDPツアー

SDPツアーは、さまざまな取り組みを見るだけ、感じるだけではなく、参加者自身が何に刺激を受けたか、そこから何を考えたかを形にしていくまでをプログラムとし、クリエイティブ人材を育成する機会となることを目指しています。

先述のワークショップはもちろん、ツアーの後に、訪れた場所それぞれに対する現状の理解や考察を言語化、レポートを作成。更に、そのレポートを集め、他者に伝える場として、座談会も開催しています。ツアーの場だけで完結するのではなく、今とこれからの自分の仕事、活動に活かしていくことが最も重要なポイントと言えます。

実際に、座談会では「ビジネス的なメリットだけでなく、関わる本人が楽しんで、その熱量がプロジェクト全体に影響を与えると感じた」「その場所を使う人、関わる人それぞれがデザインできる環境を用意する必要性」「共感を呼ぶようなシーンを生み出していくこと」など、ものづくりや空間づくりにおいても重要となる視点を改めて見つめる感想が挙げられました。

このツアーは、社外からの参加もあり新たな交流が生まれているだけでなく、船場の社内としても、できる限り多くの部署、本社や支店といった枠を越えて参加者を募っています。それは、船場のすべてのセクションにおいて、どの仕事でも創造性を持って取り組み、そこで生まれた発想やエネルギーをチームとして共有することで、より大きな成果につなげていくことができると考えているからです。

今回のツアーの訪問先で、特に印象に残っているのは、この人々の熱量やさまざま課題を“自分ごと”として向き合っている姿勢です。小さな地球の林さんのプレゼンテーションの中に、「最初に釜沼集落に移住したいと訪れた時は、簡単には受け入れてもらえなかった」という話がありました。林さんはそこから、村の炭作りの小屋にいた長老と出会い、日々、少しずつ会話をするなかで、熱い思いが伝わっていき、信用と関係性が生まれていったと言います。自身の体験や、村に対する思いを語る林さんの姿は、強い信念を感じさせるものでした。そこにあるのは、「この土地をこうしてあげたい」という視点ではなく、「自分がこうありたい」という個人から生まれる熱量であり、その信念に感化された“ファン”が、さらに取り組みを大きなものにしているようでした。

船場に限らず、全国各地、国内外のプロジェクトに関わる会社は、施主や地域との距離感を縮め、寄り添える存在となることが求められます。そして、そのためにはそれぞれの担当者が、どれだけの熱量を持っているかを伝えていくことがひとつの重要なポイントになります。プロジェクトや地域に入り込んでいき関係を築くこと、関係資本を生み出して、関わる人それぞれが幸せになる提案を行っていくことが、船場の重要なミッションであり、クライアントを始め、まさに今、協業をしている関係会社、そして、これから共に同じゴールに向かって進んでいく可能性のある人や企業と社会関係資本を広げる価値を感じさせるツアーでした。

>レポート前編“里山の視点”はこちらからご覧いただけます。

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