2025.06.04

<SDPツアーレポート中編>木材の産地でゼロ次産業を考える。奈良県吉野で紡がれる木と人々の歴史から、地域資産の未来を描くSDPツアー

Text & Photo by さとう未知子


船場のSocial Design Portでは、船場社員と社外パートナーが共に現地に足を運び、物事の本質や地域課題を学ぶツアーを実施しています。今回の目的地は、日本有数の木材産地である奈良県吉野地域。木材産地としての現状や、地域とデザインを結ぶ人や企業の取り組みを学びました。
今回の<中編>レポートでは、山の伐採現場の見学から、素材が半製品となるまでの加工工程、製材所の風景をお届けします。

吉野でゼロ次産業を考える

東京から約5時間、大阪から1時間半。大阪と奈良のローカルな地域を走る近鉄線の窓越しに広がるのどかな風景を追いかけ、今回の旅の目的地・奈良県吉野郡に辿り着きました。言わずと知れた木の名産地であり、吉野杉は日本三大美林のひとつとして知られています。

今回、吉野がSDPツアーの地に選ばれた背景には、「ゼロ次産業」を考えることがエシカルな社会を未来につなぐことの鍵となる、という船場 成富の想いがありました。


「一次産業やそれ以降の産業が成り立つ以前の段階に焦点を当てたのが『ゼロ次産業』です。自然環境や生態系を保全し、持続可能な資源利用が可能にする『環境』の視点。地域の知恵や伝統、文化を継承・共有することで、ものづくりを支える基盤を育む『知識と文化』の視点。そして、社会的なつながりや地域コミュニティを育む『コミュニティの形成』の視点。この3つがそろうことで、産業の循環と持続可能性が実現できると考えています」(成富)

ゼロ次産業の視点を持ちながらデザイナーが地域に関わることで、どのような循環を生み出せるのか。森の空気を吸い、自然の中から素材として生まれ変わる木のストーリーを体感し、次のデザインにつなげる。エシカルなデザインの可能性を見つける、新たな旅がスタートしました。

>前編はこちら:<SDPツアーレポート前編>木材の産地でゼロ次産業を考える。奈良県吉野で紡がれる木と人々の歴史と、地域資産の未来を描くSDPツアー

目次 ツアー行程

「信仰としての、山を感じる」 世界遺産 金峯山寺
「100年を見据えた山づくりをする」豊永林業株式会社
「銘木のプロとして吉野材を活かし、良材に仕上げる」吉野銘木製造販売株式会社

木と生きる人々:信仰としての、山を感じる

吉野は、古くから木材生産の拠点として人工林が育まれてきた一方で、「山岳信仰」の聖地として、山と人をつなぐ「祈り」が息づいてきました。自然の恵みを活かした木材生産と、古代から続く信仰文化が共存するこの地は、独特の歴史と風土を育んできたのです。

SDPツアー2日目の朝。吉野山に宿泊した一行は、まだ日が昇りきらない早朝から起き出し、世界遺産でもある吉野山金峯山寺の勤行に参加。金峯山寺は、日本最大木造建築物として知られる東大寺大仏殿に次ぐ大きさで、現存の建物は天正20年(1592年)に再建されたもの。約1300年も前に修験道の総本山として開かれ、山伏たちの祈りの聖地として今も多くの信仰を集めています。堂内に入ると、普段は秘仏であり、春と秋の一定期間のみご開帳される本尊・金剛蔵王権現3体が、その大きさ、形相、青い美しい色彩を放ち、その迫力のある姿と荘厳な雰囲気に、一同は圧倒されるとともに、普段の生活にはない、静謐な時を感じました。僧侶たちの力強い読経の声、次第に朝日が堂内に入り込む様子にはパワーが感じられ、「聖地」としての吉野山の魅力を体感する貴重な時間となりました。

山に生きる人:100年を見据えた山づくりをする

「昔の人は100年くらい先を読んで山づくりをしてきました。山は価値のあるもので、木を売ればお金になる時代がありました」
そう話すのは、伐採現場を案内してくださった、豊永林業の中前徳明さん。豊永林業は、現在17代目にあたる山主の方が所有する1500haもの山林を管理・整備しながら木材の素材生産事業を手掛けます。

豊永林業の中前さん(右手前)

木を伐採する際は、山の尾根側(高い方へ)に倒す。そして、何ヶ月か「葉枯らし」をする。枝葉をつけたまま倒した状態で放置しておくと、そこから水分が蒸散され、含水率が下がり、芯の部分が黒からピンク色に変わり、美しい色味となると言います。
木を育てる間だけでなく、伐採後もいかに吉野材の美しさを引き立たせるか、手間暇をかけることで価値のある素材に仕上げる。昔からの幾つもの知恵が、継承されていることを感じました。

山の中に響く、チェーンソーの音。伐採作業は、2,3名ほどのチームで行われ、それぞれの作業を分担する。一方は伐倒する人。一方には、倒す方向にいて、木の先端に結んだロープを引いて、伐倒す方向を調整する。残す木を傷めないことが、吉野では鉄則とされており、それには、「次の世代に良い木を残す」想いが受け継がれてきているからです。
チェーンソーで切り込みを入れ、倒したい方向に受け口をつくると、やがてチェーンソーの音がやみ、静寂のなかに「カーンカーン」と楔(くさび)を打ち込む音が響き渡ります。次第にミシミシと木の幹が裂ける音が聞こえ始め、木は狙い定めた方向へゆっくりと傾き、最後に大地に響くような轟音とともに、木が倒れました。
一同は、自然を相手にする仕事の一部始終を目撃し、百年以上生きてきた木が伐採され、新たな素材へと生まれ変わるその瞬間は、圧倒的な迫力とともに心に刻まれました。

参加者の声】
“50年後、100年後を見据えて山づくりを行う。その時代によって需要も変わるため時流を読んで先を見据えた木材を育てなければならない。前の世代の人々が植えた苗を伐採するという、世代を超えたバトンリレーが素敵だと思った”
“「100年前に100年後を考えて植えられた山を今自分たちが管理している」という言葉が印象的だった。守っていくことも、変えることも、とても大変なのだと感じた
“山を手入れする事の大変さや、補助金が無いと成り立たないシステム、誰かがやっていかないと産業や環境が維持できない事、聞けば聞くほど、難しさを感じるばかりでした。ニーズによっては、原木からのデザインもありだと思った。長期的なとらえ方、世代を超えることもデザインの一部にできるとワクワクした
“杉の水分を取り除くために、山の斜面に横たえて自然の風で乾燥させること。人工的な手段を使わず、風と時間の力でじっくりと水分を抜いていくことで、木材本来の強さや風合いが引き出されるんだろうなと感じた

私たちの生活する日常から、林業の仕事は見えないところにある。山の仕事、木の魅力や価値、さらに林業が抱える課題を社会に広く伝えるにはどうしたら良いか。比較的若い世代が集まる豊永林業ではSNSを活用して山の仕事を発信したり、2021年には自社ブランド「rin+」を立ち上げ、端材を活かした木工品を製作したりするなど、エンドユーザーに木の魅力や山の現状を知ってもらい、身近に木に触れてもらう機会をつくる取り組みを行なっています。

黒滝村の道の駅にあるrin+ショップ

山を活かす人:銘木のプロとして吉野材を活かし、良材に仕上げる

社寺・文化財に使用される大規模木造建築物用材としての吉野ヒノキ・吉野杉から、内装材・家具用材の銘木・大径木などの製造販売を行う「吉野銘木製造販売」。私たちは実際に木を伐採する現場を見学した後、次にどのように製品へと生まれ変わるのか、その製材工程を見学しました。

吉野銘木製造販売 貝本拓路社長

「吉野は日本で一番木の品質が良いところと知られ、優良材が必要になると吉野に声がかかります。当社の納材実績には、平城宮跡の復元や明治神宮の第一鳥居の建替え、最近では首里城の再建など、全国各地の社寺建築に携わってきました。先ほどは伐採現場を見られてきたということですが、吉野で育まれた木が持つ品質を感じていただき、この木を活かしてどんな使い方ができるのか。新たな木の魅力を生み出すきっかけとなれば幸いです」(貝本さん)

皮を落とした状態のヒノキの丸太を製材し、現れる美しい木目。ヒノキは杉よりも赤みが薄く、白身がかった木肌が特徴です。無節であることからも、この木が長年にわたって手入れをされ、大切に育たれてきたことを感じとることができます。

製材されたヒノキ。薄ピンク色の柔らかな質感

一方、杉は色味や木目に表情があることが特徴。同じ地域から出た木材でも、一本一本の持ち味があり、それをどう活かすかが問われます。

「ここにある木材はほぼ全てが吉野材」と説明する吉野銘木の田嶌(たしま)さん。「製材には、乾燥させる工程が一番大切とも言われます。伐採時には100〜200%ある含水率を、建材として使うには30%程度に落とさなければなりません。当社は自社に乾燥機もありますので、40度ほどの温度で木にストレスをかけずに乾燥させることが大切。そうすることで、長く使い続けられる良材となります」

木の中心から枝が伸びる様子が分かる断面
屋外乾燥で色味の変化した木目
綺麗に手作業で取り外された木の皮は、檜皮葺(ひわだぶき)の材料となる
地面に落ちている木片まで、集められてバイオマス燃料やチップの材料に活用される

【参加者の声】
“吉野杉を使用した内装や家具には、その背景にあるストーリー(歴史、地域性、木材の育成過程など)を付加価値として伝えることができると思う。船場として製品に込められたストーリーや職人の技術を紹介することで、消費者にとって単なる木材以上の価値をつくりたい”
“吉野銘木での木のセレクションをクライアントと一緒にしたい。成果品を買うのではなく、原材料を買うことで、歴史を知る、木材を知るなどの体験価値がクライアントの満足度の向上につながると感じた
“木は仕事や産業のなかで、資材やプロダクトとしてとらえられることが多く、私自身も仕事上は、商品として認識する部分があった。しかし、木が長い年月生きた証や、先祖が手入れをしてきている証を目の当たりにし、それを使う者として、その価値を認識し、発信することの大切さを感じた。営業として、費用や時間が掛かる理由をしっかりと自分の中に落とし込み、発信できるようにしていきたい

木材が単なる資材ではなく、長い年月の歴史、地域の文化、職人の技術といったストーリーを持つことが再認識された、林業ツアー。木の背景を知り、その価値を伝えることで、製品に特別な魅力が生まれ、消費者の満足度向上につながると感じる意見が多く集まりました。

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