ROKKANの連載も二年目に入りました。 この企画を継続するにあたって、私たち船場全社で今期から進めている「エシカルとデジタル」についても意識したいと考えています。特にエシカルについては去年のROKKANの中でも度々共通する概念が登場しました。 ところで、僕は普段、設計、企画業務を進めるに当たって「何のために出店するのか?」「何のために改装するのか?」「何のために新規事業をするのか?」と自分に問いかけます。そして、必ずそれらには目的があります。 「何のためにエシカルについて考えるのか?」 エシカル=日本語では倫理的なという形容詞。 答えは様々にあると思いますが、我々ROKKANチームで出した結論、それが今年のコラムテーマです。 「今まで続いてきたこと、これから続けていくことを考える。」 みんなにとって良かったことは今まで続いてきているはず。でもみんなにとって良くないことはこれから無くすべきです。差別とか。格差とか。では今から何をどのように続けていけばみんながハッピーなのか。デザインを切り口に一緒に考えていけると僕たちとしてはうれしいです。 それでは、今年最初のコラムは「リペア」について考えてみたいと思います。
リペア【repair】修理。修繕。手直しの意
リペアという行為が好きだ。
気に入ったものが壊れてしまい、泣く泣く手放すことがありますが、出来ることなら修理、補修しても使い続けたい。その補修の跡さえ味になり、逆に哲学がにじみ出ていく(大げさでしょうか?)とにかく修理してでも持ち続けたい、逆に言えばそれだけ自分にとって価値があると再確認できることが楽しいと感じます。
僕は古い時計が好きなのだけど、これは私物でイングランドの「SMITHS」という会社が作った機械式の時計です。多分1950~60年代くらいのもの。機械式の時計はオーバーホールや修理をすればおそらく自分が生きている間ぐらいは使い続けることができます。文字盤が劣化してきていますが、それすらも物が経過してきた時間を感じさせてくれます。内部機構は修理するけど見た目は出来るだけオリジナルの状態を維持したい。そのためには専門の技術者が必要です。時代の経過とともに技術者がいなくなってしまうのではないかと思うとすごく心配になることがあります。
数年前から旧式のガジェットが見直されていますね。周りでもフィルムカメラを楽しむ人が増えたように思います。カメラも機械式は修理すれば長く使えます。
修理できる技術者がほとんど見つからないため絶滅してしまいそうなら自分で修理技術を獲得しようという人もいます。
「デザインアンダーグラウンド」松崎順一さんはラジカセを中心としたオーディオ類を修理してその魅力を発信しています。「カセット」っていいですよね。「ラジカセのデザイン」という写真集も出版されています。現代にはない凝りすぎのデザインが今見ると新鮮です。
少しでも破損があれば捨ててしまうという事に、最近変化があるように感じます。買い替えが優位であった機運が少し変わってきたようです。
アウトドアブランド「ザ・ノース・フェイス」や「パタゴニア」は、プロダクトのリペアサービスを行っています。自然を舞台としたアウトドアにおいていかに「廃棄物を出さないか」は、大きな意味を持ちます。
子供の頃、ジャージの膝が破れてしまって「あて」を付けてもらうのですが恥ずかしくて嫌でした。でも今、使い込んだダウンジャケットの傷を補修して着ている人の姿はとても「COOL」に感じられます。
日本には古来より、割れや欠け、ヒビなどの陶磁器の破損部分を漆によって接着し、金などの金属粉で装飾して仕上げる金継ぎという修復技法があります。
修復された器の継ぎ目を景色と呼び、破損前とは異なる趣を鑑賞したり。こうなってくると修復自体が作品ですね。
以前、担当していたクライアント企業の創業者に自宅の椅子の修理を有料で依頼されたことがあります。特に高価なものではなかったので、「買い換えた方が安く済みますよ」とお話しましたが「そうゆう問題ではないのだ。」と戦後を生き抜いた企業家はおっしゃいました。今となってはその真意をお聞きすることは出来ません。
思い入れのある椅子だったかもしれませんし、「経済効率」ではなく「生き方の哲学」として修理をご依頼いただいたのかもしれません。
願わくはリペアしながら大切に使い続けてもらえるものを、僕たちも作り出していきたいと思っています。
そして、使い続けることが可能な作り方が必要だと感じています。
Author:葛谷征巨(EAST事業本部)